アンデュマリの梶浦です。
京都には、京都の町を囲むように北西東に
・北大路
・西大路
・東山通り
という3つの大通りがあります。
・・・いや、あると思っていました。
しかし、数年前、私は地図を見て驚きました。
なんと!東山通りがないのです
そこには「東大路通」と書かれていたのです
京都に住む人間は、私も含め東山通りと呼んでいます。
しかし、他府県から来られる人は
その道を東大路通と呼んでいます。
何故このようなギャップが生まれたんでしょう?
それをとく鍵は次の二つです。
・地図には「東大路」と表記されている
・市バスでは「東山通り」と表記している
他府県から来た人は、当然地図を頼りにきます。
だから、地図に書かれた表記で道の名を呼ぶわけです。
一方、地元の人間は、地図なんか見ませんし、
交通機関は幼い頃から市バスを利用しますから、
当然、市バスの基準で道の名を呼ぶようになるのです。
この違いが
東山通り(東大路通り)の呼び名をめぐって
地元の人間と他府県から来た人との間に
大きな相違を生んでいたわけです。
しかし、それなら
なぜ、市バスにおける道の呼び方と
地図による道の呼び方が違うんでしょうか?
この謎を解くには大正元年にまで
さかのぼらなくてはいけません
一体その時何があったのか?
いつから、この道に2つの名前がついたのか?
そこには歴史の流れに隠された
興味深い事実があったのです
次回
京の町角変なもん
〜「東大路」と「東山通り」2つの名を持つ大通り(解決編)〜








