今日からブログに参加させて頂きます
「京都発、アンデュマリの美肌日記」
アンデュマリの梶浦です
私は、京都に生まれ育ち、京都の山々を見ながら育ってきました。
中学、高校、大学と、なぜか山の中にあるところにばかり
通うことになってきました
きっと、山とは切っても切れない縁があるんでしょうね。。
そういうわけで、私の京都空間のテーマは京都の山々についてです。第一回目は少し季節外れですが・・・・
[五山の送り火について]
京都には8月16日に5つの山にかがり火を焚いて
先祖の霊をあの世へ返すというイベントがあります。
「五山の送り火」と呼ばれるものです。
「京都以外の人から「大文字焼き」と呼ばれることもあるが、
京都ではこれに嫌悪感を示す人が多い。」
と言われているようです。
けど・・私は、京都で生まれ育ったのですが、
普通に「大文字焼き」って言っています
5つの山の送り火なのに「大文字焼き」の一言で総称するんですねえ。
小学校の頃から周りの人も皆、普通にそう呼んでいたのだけれど、
これはおかしなことだったんでしょうか?
[大文字]
さて、今回のテーマの大文字の送り火について、お話ししましょう。
まず大文字ですが、これは正式名称ではありません。
正式な山の名前は、如意ヶ岳(または如意ヶ嶽)といいます。
比叡山の右隣にあるちょっと小さい山です。
子供の頃、出町に住んでいたので毎年もみくちゃになりながら、
鴨川の橋の上まで見に行っていたことをおぼえています。
起源については、平安時代とも江戸時代とも言われていますが、
公式な記録に起源が一切伝わっていないので、諸説あります。
もちろん、これらの説においても真偽のほどは
定かではありません。
有力な起源説を2例挙げます。
人体を表す「大」の字を書き護摩をたいたという説
後者の説では右大文字の文字は、
相国寺の僧・横川景三の筆跡により、
義政の臣・芳賀掃部が設計したといわれています。
まあ、僕にとって相国寺は子供の頃の遊び場だったので、
いまさら引き合いに出てきても、あまり歴史的重みとかを
感じませんけど
いまのように、盂蘭盆会の行事として盛んに
行われるようになったのは、天文期(1532年〜1554年)から
永禄期(1558年〜1569年)にかけてだと言われています。
大文字の送り火は、8時に点火され、8時10分頃にピークを迎えると、
8時30分には煙だらけで見えなくなってしまいます。
完全に鎮火するのはもっと後だと思われますが、
おおよそ8時30分を過ぎると、原形が分からなくなってしまいます。
子供の頃、遠くから見ると、あんなに大きい山に
あれほどはっきりした「大」の文字が見えるのだから、
その文字を構成している道は、近くで見たら
とんでもなく大きな道なんだろうな、ってずっと思っていました。
それが、小学校の遠足で大文字に登ったとき、
大の字のはらいの部分が、幅1メートルほどの階段だった
ということを知って愕然とした
意外に小さいものなんですね。
みなさんも見に行かれてはいかがでしょう?
遠くから見る勇壮とした光景と、
近くで見る至極普通な光景のギャップもまた楽しいですよ
[次回]
もうひとつの大文字
〜左大文字・地元の人はこっちを大文字と呼ぶ!〜
です☆









